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第59話 懐かしい?記憶

last update Last Updated: 2025-06-15 14:06:09

 午後の授業は『家政学』という授業だった。この授業では貴族令嬢の嗜みとしてのレース編の化粧ポーチを作るというものだったのだが……。

フフ……レース編みって楽しいわね。

レース糸と編み針を手にした瞬間に懐かしい気持ちが込み上げ、私は迷うこと無くスイスイ編み始めた。他の女子学生たちの中には苦心している人もいたようだが、私はそんなことにも見向きもせずに一心不乱に編み続けていると、不意に脇から驚きの声が上がった。

「まぁ! アルフォンスさん! あれ程下手……い、いえ。苦手だったはずのレース編みをいつの間にそんなに上手に編めるようになったのですか!?」

「え?」

そうだったの? 知らなかった……と言うか、記憶喪失中の私にはそんな記憶すら残ってない。けれども、何故かレース糸と編み針を手にした途端、懐かしい気持ちが込み上げて指が勝手に動き出したのだ。

「本当だわ! どうしたのですか?」

「なんて美しい網目なの……」

「私の分も編んで貰いたいわ」

誰もが称賛の声を上げる。

「い、いえ。そ、それほどでも……」

先生が驚いて目を見張る。他の女子学生たちも興味深げに見つめている。そして気づけば、その日の授業は私が講師になっていた――

****

キーンコーンカーンコーン……

午後の授業が終わり、私は同じ班でレース編みをしたノリーンと一緒に教室に向かっていた。ノリーンは私と同様に魔法を使えないし、互いに親しい友人がいないという共通点もあって、何となく気が合うようになっていた。

「それにしても、アルフォンス様……」

ノリーンが話しかけてきた。

「アルフォンスじゃなくてユリアって呼んでいいわよ。 私だって貴女のことを名前で呼んでいるのだから」

出来れば彼女とは仲良くなりたい。

「それじゃ、ユリア様。何だかたった数日で本当に別人になってしまったようですね?」

ノリーンが言う。

そうだ……ジョンの言葉はいまいち信用できないけれども、ノリーンの方がずっとジョンよりも信頼出来そうだ。そこで私は思い切って尋ねることにした。

「あの……ね……貴女にだから話すけど……私、実は記憶喪失になってしまったのよ」

「え!? 何ですか、その話は!」

「ええ。私が学園を休んだ日があったでしょう?」

「はい、ありましたね」

「あの前日に池に落ちてしまって、気を失ってしまったのよ。そして目が覚めたら綺麗サッパリ記憶を失って
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